どの音声で、その以前に弁信が聞きとめていないはずはありません。
「盆踊りかね」
「今はその季節ではありませんね」
「念仏講かな」
「そうでもないようです」
「祇園囃子《ぎおんばやし》てやつかな」
「そうでもありません」
「鳴り物が入ってるな」
「はい」
「やあ、突拍子《とっぴょうし》もねえ、高い声で歌い出しやがった――聞き取れるよ、文句が聞き取れるよ、じっとしていてみな、おいらの耳でも立派に、歌の文句が聞き取れるよ」
 米友は、そこに暫く立ち尽して、耳朶に手をあてがったまま、心耳を澄まそうとしました。弁信も否み兼ねて、同じように立ちどまって、米友が歌の文句を耳にしかと聞き納めるのを待っている。
 ややしばし、佇立《ちょりつ》して心耳を澄ました米友が、釈然として次の如く、高らかにその歌詞と音調とを学びました。
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宮さん
宮さん
お馬の前の
ピカピカ光るは
何じゃいな
あれは朝敵
征伐せよとの
錦の御旗《みはた》じゃ
ないかいな
トコトンヤレ
トンヤレナ
[#ここで字下げ終わり]
「威勢のいい唄だよ」
 米友が附加して言いますと、弁信は先刻心得面に、
「あれは軍歌とい
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