うものです」
「グンカてえのは?」
「兵隊さんが、声を揃《そろ》えて歌う歌なんです、あの威勢のいい歌を歌いますと、士気がおのずから勇んで参ります、その上に、歌の調子に合わせて、軍隊の歩調がよく調《ととの》います、それ故に、近ごろの洋式の調練では、笛や太鼓なんぞに合わせて、あの勇ましい軍歌をうたいます、多分兵隊さんが調練を致しているのでございましょう」
「そうすると、その兵隊さんが向うから、やって来る、弱ったなあ」
と、米友がここでガラになく弱音を吹きました。弱ったなあ、と言ったのは、何が弱ったのだかよくわかりません。よし、軍隊が繰出して来るにしてからが、それは歌詞にもある通り、朝敵征伐せよとの御旨《おむね》で繰出されて来るのであって、米友征伐に来るわけのものではないから、そんなに弱音を洩《も》らさなくてもいいはずなのですが、米友が、がっかりした調子で言ったものですから、弁信が気の毒がって、
「米友さん、心配なさりますな、あれは少々遠方で調練をしているのです、こっちへ来る気づかいはありません」
と言ったのは、弁信には、弱ったなと言う米友の心持がよくわかるからです。もし、調練の軍隊があの勢
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