、それが正安二年の春、後伏見院が北山に行幸ありし際、その供奉《ぐぶ》の官女の中に、ええ、何と言ったかな、そうそう、朝霧という美女がいた、それを兵部重清がみそめてしまった、つい、いい首尾があって、連理の交わりとやらを為《な》したそうだ。今晩は頭がいいので、尼の口早に話した人の名も、年号も、ちゃあんと覚えているぞ。その上に、連理の交わりだなんて洒落《しゃれ》た文句も覚えている。あの堂の婆あめ、その艶物語《つやものがたり》を語る口に肉声を帯びていたのは怪しからぬ、恋と無常を語り聞かす枯れきった声ではない、あれではまだ相当の年だ、四十かな、三十代は過ぎてるらしいが、五十の声はかからないぞ。おれが一人、さまよい込んだので、彼女も異様に昂奮したか、頼みもせぬに、その重清と朝霧の恋物語を、からくりの口上もどきで、面白おかしく語り聞かせたが、さあ、それから二人の身の上はどうなったかといえば、左様、二人の仲を、重清の父が見て、これを危ぶんだ――というのは、相手がやんごとなきあたりの官女では、悴《せがれ》の行末が思われたからだろう。そこで、体《てい》よく悴を口説《くど》いて、別に似合わしい縁辺を求めて、八
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