に受取れるが、事実は、妖婦でも淫婦でもなんでもない、尋常の門番の、尋常の娘で、ただ、世間並みよりは容貌が美しかったというに止まる、それを七十を越した禅師が、ものにしてしまったのだ、どうした間違いか、七十を越した禅師がむりやりにその蕾《つぼみ》の花を落花狼藉とやらかしたんだ。それが問題になって、毒水禅師は、あの大寺から辺隅の寺へ隠居、これが出家でなかったら、また世間普通の生臭御前《なまぐさごぜん》であったなら、なんら問題になりはせんのだが、あの禅師が落ちたということで、修行というものも当てにはならぬものだ、聖道《しょうどう》は畢竟《ひっきょう》魔行に勝てない、あの禅師が、あの歳でさえあれだから、世に清僧というものほど当てにならぬはない――世間の信仰をすっかり落した責めは大きい、人一人に止まらず、僧全体の責任、仏教そのものの信仰にまで動揺を与える、その責めに禅師が自覚して身を引いたのだ。隠居して謹慎謝罪の意を表した、その噂は一時、その方面にパッとひろがって、よけいなお節介は、その娘はどうした、行きどころがなければ、おれがその将来を見てもいいなんぞと、垢《あか》つきの希望者もうようよ出たそう
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