緒《いとぐち》に戻ったのである。すべては無頓着に受けていても、こういう単純明白な勧誘には、否とか、応とか、簡単でよろしいから挨拶を与うべき義務がある。ところが、会おうとも、会うまいとも答えないで、
「近藤は何を用いている、刀は何を好んで使っている」
あらぬ方へ話頭を持ち出したが、それも全然つかぬことではないから、斎藤は不承不承に答えて言った、
「虎徹《こてつ》だよ――刀は虎徹に限ると言っている、近藤は虎徹が好きらしい、虎徹もまた近藤に好かれそうな刀だ」
「近藤の虎徹も古いものだが、あれは偽物《にせもの》だと言うじゃないか」
「偽物説――それも聞いたよ、江戸を立つ時に、ぜひ性のいい虎徹が欲しいと苦心した末に、ようやく手に入れたのだが、あれは偽物、あまり虎徹虎徹とせがまれるので、刀屋が偽銘の虎徹をこしらえて、近藤に売りつけた、それと知らず秘蔵名代の虎徹にしてしまった近藤の甘さ加減を、あとで刀屋が舌を出して笑ったという話は聞いているが、その噂《うわさ》の真偽のほどは知らない、いい刀はいい刀だ、拙者は確実に虎徹と信じている、よし虎徹でないまでも、近藤が虎徹と信じて買入れるほどの刀だ、まして、
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