にあらずとも、と言っているが、彼もまた一個の英雄だよ。時勢に逆行する頑冥者、血を見て飽くことを知らざる悪鬼の如く喧伝するやから[#「やから」に傍点]は別だ、僕の見るところでは、彼ほど大義を知り、彼ほど人情を解し、しかしてまた彼ほど果敢の英雄的気魄を有している男はまず見ない」
斎藤一は、声涙共に下って、近藤崇拝の讃美をやめることができない。彼は心から近藤を尊敬していると共に、世間の彼に対する誤解を憤り、その誤解を憤るよりは、彼の長所を没却して、それを誤解せしめんとする浮浪のやからを憤っている。そこで、余憤の迸《ほとばし》るところ、前に人を見ないように、意気が揚って来るのみである。
「養父の周斎には僕は会ったことはないが、勇《いさみ》のそれに対する孝心というものは、それは実に他の見る眼もいじらしいくらいで、事あれば必ず江戸に残した父に報ずる、立身したからと言っては父に、功名したからと言っては父に――それから、己《おの》れの仕給せらるる手当は割《さ》いて以て父に奉ずる。周斎老人は江戸に於ても、おれは勇が孝行によって、この通り何千石の旗本も及ばぬ楽隠居の身分に暮している、一にも二にも悴《せが
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