れ》のおかげだと言って喜んでいるのが江戸では評判で、それを見聞きするほどのものが、ゆかしがらぬ者はないという。事実その通りなんだ、彼は親に孝たるべき所以《ゆえん》を知り、且つこれを稀有《けう》なる純情を以て実行している、況《いわ》んや朝廷を尊ぶべき大義を知り、為政者としての幕府を重んずべき所以を知っている、彼の手紙を読んで見給え、ドコを見ても尽忠報国の血に染《にじ》んでいないところはない。しかるに彼を、血も涙もない殺人鬼の如く取沙汰《とりざた》するやからは何者だ、たとえ反対側に立つの浪士共といえども、彼を知っている者である限り、彼の心情を諒とせざるはない、彼の刀剣を怖るることを知って、その心情を解するもののなきこそ、遺憾千万だ。見給え、彼は必ず成功するよ、新撰組の実権が一枚上席であった芹沢に帰せずして、近藤に帰したというのも、策ではない、徳だよ、おのずから人望が帰すべき道理あって帰したのだ、伊東甲子太郎の一派があれほどの後援をもちながら、近藤一派の手に殪《たお》されたのも、暴が正を制したとは言いきれない、近藤のために死ぬものと、伊東のために死ぬものとの、意気と意気との勝敗なのだ、意気と
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