いるそうだ、無茶なことはしておらんそうだ。しかし、我々は詩を取るのではない、志を取るのだ、これの解釈をしてみると、人間百行のもとは忠と孝だ、忠と孝を離れて、行もなければ、道もない、真の英雄というものは、この道を取って失わざるものをいうのだ、そこで、転句に至って、わが身を謙遜して言うことには、我々は決して英雄でもなければ、英雄を気取るものでもないが、この赤心を抱いて、この躬《み》を尽そうと思う精神だけは英雄に譲らない、とこう言うのだ。立派な精神ではないか、立派な覚悟ではないか、近藤の鬼手《きしゅ》に泣かないものも、この詩には泣くよ、泣かざるを得ないよ。あの時に、この詩を示された時に、鬼のような隊中の荒武者がみんな泣いたぜ、おれも泣いたよ。彼のは嘘じゃないのだ、言葉を飾って、忠孝を衒《てら》うような男ではないのだ。その彼が、この詩を詠じた心胸には泣かざるを得ん――」
 斎藤一は、感情の高い男と見えて、その当時を回想すると共に、声を放って泣き出してしまいました。

         三十七

「世間は彼を誤解している、彼の如く精神の高爽にして、志気の明快な男を見たことがない、英雄たとえわが事
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