げ終わり]
「百行依ルトコロ孝ト忠、之《これ》ヲ取ツテ失フ無キハ果シテ英雄、英雄ハタトヘ吾曹《わがそう》ノ事ニアラズトスルモ、豈《あに》赤心ヲ抱イテ此ノ躬《み》ヲ願ハンヤ――」
と吟じ了《おわ》って斎藤が、附け加えて言う、
「彼は知っての通り武州多摩郡の土民の出で、天然理心流の近藤家へ養われて、その四代目をついだものだ。天然理心流というのは、彼の先祖が立てた一流だが、新陰や一刀流の如き立派な由緒はない。この詩は彼が先頃、養父近藤周斎の病を聞いて心痛のあまり、幾度か養父の病気を見舞わんがために東《あずま》へ下ることを願ったが聞き入れられない、今のところ、この京都のお膝元から、近藤に離れられたのでは代るものがない、たとえ親の病気といえども、朝幕に於て今の近藤を放せないというのは無理がない、よって近藤が悲しみを抑えて詠んだ詩がこれなんだ。いいか、もう一ぺん読むから、よく聞いて居給えよ」
斎藤一は感慨に満ちた声で、右の近藤の詩を再吟した上、
「詩だって君、詩人の詩というわけにはいかないが、ちゃあんと一東《いっとう》の韻《いん》を踏んでいるし、行の字を転換すれば、平仄《ひょうそく》もほぼ合って
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