の鼎沸《ていふつ》の中心に置かれても、乞食となってみると、一向その冷熱には感覚がないのです。かくてこの無感覚種族は、いかなる乱世にも存在の余地を保留していると見えて、今の京都の天地にも、相応に棲息し、横行倒行している。今晩も、ここで、物騒な京都の夜を、平々かんかんとして川渡りを試みらるる自由は、またこのやからの有する特権でなければならぬ。住所なきところが即ち住所である。河西の水草に見切りをつけたから、明日は河東の水草に稼《かせ》ごうとして、その勤務先の異動を企てているまでです。前の方は少し背が高い。前の背の高いののわかるのは、後ろのが、それよりやや劣るからである。といっても、前後の比例が桁外《けたはず》れなること、道庵先生と米友公の如きではなく、先なるは人並よりやや優れた体格であって、後ろのは世間並みという程度のものだ。
 しばらくその菰かぶりの川渡りを遠目にながめていた轟の源松は、自然提灯に火を入れる手の方がお留守になる。
「あ、旦那、済みませんが、少しの間、ここに待って、ここに待っていていただくわけには参りますまいか――ちょっと見届けて参るものがございます」
と言って、送りの客を顧
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