ことは、一眼で明らかになりました。危険性というのは、つまり人命に関することで、最近、この辺のところは、足利三代の木像首をはじめとして、幾多人間の生首や、片腕や、生きざらしなどの行われた地点であるから、かりそめの人影の動揺にも、油断のならないのが当然でありますが、それとこれとは別、ただいまあなたにうごめく人影は、左様な危険性を帯びないものであることを、轟の源松が認めたのです。
 それは、どこにもあるお菰《こも》さんであります。乞食種族に属する者であることが月明で見てよくわかります。つまり、乞食の川渡りなのですから、一度は耳と目を拡張して見ましたけれど、その点を見届けて安心したというものです。
 乞食というものは天下の遊民であって、天下大いに治まる時は、三日でもって人生の味を嘗《な》めつくしてしまって、天下が麻の如く乱れようとも、現状以下に落つるの憂いのない代物《しろもの》である。持てる者がみな狼狽焦心する時に、乞食種族だけは、悠々自適の生活を転移する必要を認めない現状維持派であります。今、日本の天下は、王政の古《いにし》えにかえるか、徳川の幕府につながるかという瀬戸際に於て、王城の地はそ
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