りついたのだから、源松も勇みをなして、再び提灯に火を入れようとする途端に、何か物の気に感得してしまいました。
こういうやからは、道によって敏感である。まして送り狼の役をつとめてみると、送る方も、送られる方も、あやまてば食われるのだから、寸分も神経の休養が許されない。
轟の源松は再び提灯の火を入れようとして、何かの物の気に感じて、三条橋の上から、鴨川の河原の右の方、つまり下流の方の河原をずっと見込みました。
前に言う通り、残《のこ》んの月夜のことですから、川霧の立てこむる鴨川の河原が絵のように見えます。その河原の中を走る二筋のせせらぎを、今、徒渉《かちわた》りしている物影を、この橋の上から認めたからであります。
三十二
橋の上からは、物の二町とは隔らない川下を、かち渡りしている二つの人影は、ここから見当をつけても、そう危険性なものではないらしい。
本来、この時分に、天下の公橋を渡るさえ二の足が踏まれるのに、河原の真中を横に歩くようなやからが、尋常のやからでないことはわかっている。だが、轟の源松の物に慣れた眼で見て取ったところでは、特に危険性のないものである
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