ろをやられました、その場の有様というものは、いやもう、目も当てられぬ無惨なものでございまして」
彼は、自分が親しく見たわけではあるまいが、人伝《ひとづて》にしても、手に取るようにその現場の状況を聞いて知っているらしい。そこで、所望によっては、そのくわしい物語をも演じ兼ねない様子に見えたが、聞き手はそういうことに深い興味を持たない人らしく、或いはそんなことは疾《と》うの昔に知っているかの如く、
「では、やむを得ない」
その芹沢に厄介になろうという希望も撤回せざるを得ないと、あきらめるより仕方がない。さりとて、それに代るべき候補宿を提案する心当りもないらしい。そこで、今度は轟の源松の方から、鎌をかけて、
「では、近藤先生のお宅はいかがで、木津屋橋の近藤先生のお仮宅《かりたく》ならば、わたしがくわしく存じております」
「近藤は虫が好かん」
と覆面が言いました。
「では」
轟の源松が、いいかげんテレきった表情を見て、長身の人が、ついに決然と最後の決答を与えました、
「高台寺の月心院へ届けてくれ」
「高台寺の月心院、心得ました」
ここで、無目的の目的が出来た。指して行くあたりの壺がすっか
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