タ、宿デ駕籠人足ニ聞イタラ、旦那ハ水戸ノ御使デ、中村様ヘ行カシャルト言ッタラ、一人カケ出シテ行キオッタガ、程ナク中村親子ガ迎エニ来タカラ、オレガ駕籠カラ顔ヲ出シタラ、帯刀ガキモヲツブシテ、ドウシテ来タト云イオルカラ、ウチヘ行ッテ委《くわ》シク咄《はな》ソウトテ、帯刀ノ座敷ヘ通リテ、斎宮《いつき》ヘモ逢ッタガ、江戸ニテ帯刀ガ世話ニナッタコトヲ厚ク礼ヲ云イオル、ソレカラ江戸ノ様子ヲ話シテ、思イ出シタカラ逢イニ来タト云ッタラ、親子ガ悦《よろこ》ンデ、マズマズ悠々ト逗留シロトテ、座敷ヲ一間明ケテ、不自由ナク世話ヲシテクレタカラ、近所ノ剣術遣イヘ遣イニ行クヤラ、イロイロ好キナコトヲシテ遊ンデ居タガ、ソノウチ、弟子ガ四五人出来テ、毎日毎日、ケイコヲシテイタガ、所詮ココニ長ク居テモツマラヌ故《ゆえ》、上方ヘ行コウト思ッタラ、長州萩ノ藩中ノ城一家馬トイウ修行者ガ来タカラ、試合ヲシテ、家馬ガ諸所歩イタトコロヲ書キ記シテイルウチ、家馬ガ不快デ六七日逗留ヲシタイトイウカラ、泊ッテイルウチハ立タレズ、イロイロト支度ヲシタラ、斎宮ハアル晩、色々異見ヲ云ッテクレテ、江戸ヘ帰レトイウカラ、最早決シテ江戸ヘハ帰ラレズ、此処《ここ》デ二度マデウチヲ出タ故、ソレハ忝《かたじけな》イガ聞カレヌト云ッタラ、ソンナラ、今暑イ盛リダカラ七月末マデ居ロトイウ故、世話ニモナッタカラ、振リ切ラレモ出来ヌカラ、向ウノ云ウ通リニシタラ、悦ンデナオナオ親切ニシテクレタ、毎日毎日、外村ノ若者ガ来テ、稽古ヲシテ、ソノ後デ、方々ヘ呼バレテ行ッタガ、着物ハ出来、金モ少シハ出来テ、日々入用ノモノハ、通帳《かよいちょう》ガ弟子ヨリヨコシテアルカラ、只《ただ》買ッテ遣ウシ、困ルコトモナク、ソコヨリ七里脇ニ向坂トイウ所ニ、サキ坂浅二郎トイウガイルガ、江戸車坂井上伝兵衛ノ門人故、江戸ニテ稽古ヲシテヤッタモノ故、ソコヘ度々《たびたび》行ッテ泊ッタガ、所ノ代官故ニ工面モイイカラ、オレガコトハイロイロシテクレ、ソレ故ニウカウカトシテ七月三日迄、帯刀ノウチニ逗留シテイタガ、アル日江戸ヨリ石川瀬兵衛ガ、吉田ヘ来ル序《ついで》ニ、今日ココヘヨルトイウカラ、座敷ノソウジヲシテイタラ、オレガ甥《おい》ノ新太郎ガ迎イニ来オッタカラ、ソレカラ仕方無シニ逢ッタラ、オマエノ迎エニ外ノ者ヲヤッタラ、切リチラシテ帰ルマイト、相談ノ上、ワタシガ来タカラ、是非共、江戸ヘ帰ルニシタ」
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ここのところ、「帰るにした」と切ったところ、文章が少し変だと神尾も感じたが、文章字句の変なのは、ここにはじまったのではない。別段、文章家の文章というわけではないから神尾も深く気にしないで、いよいよ先生、また江戸へ逆戻りかな、しかしまあ旅先では、よくこんな馬鹿を人が相手にして、ちやほやともてなしたものだ、田舎《いなか》は人気がいいと、神尾がうすら笑いをしながらも、馬鹿とは言いながら、腕は持つべきものだ、本場で本当に鍛えた腕前があればこそ、田舎廻りは牛刀で鶏の気構えで歩ける、この点、江戸ッ子は江戸ッ子だ、そうなくてはならぬと、更に読みつづけて行く。
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「翌日、斎宮《いつき》ヲ立ッテ、段々帰ルウチ、三島ノ宿《しゅく》デ甥ガ気絶シテ大騒ギヲヤッタガ、気ガツイテ、ソレカラ通シ駕籠デ江戸ヘ帰ッタガ、親父モ、兄モ、ナンニモ云ワヌ故、少シ安心シテウチヘ行ッタ、翌日、兄ガ呼ビニヨコシタカラ行ッタラ、イロイロ馳走ヲシタ、夕方、親父ガ隠宅カラ呼ビニ来タカラ行ッタラ、親父ガ云ウニハ、オノレハ度々|不埒《ふらち》ガアルカラ、先ズ当分ハヒッソクシテ、始終ノ身ノ思案ヲシロ、所詮、直グニハ了簡ガツクモノデハナイカラ、一両年考エテ身ノ納マリヲスルガイイ、トカク、人ハ学問ガナクテハナラヌカラ、ヨク本デモ見ルガイイト云ウカラウチヘ帰ッタラ、座敷ヘ三畳ノ檻《おり》ヲコシラエテ置イテ、オレヲブチ込ンダ」
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ざまあ見ろ! と神尾が案《つくえ》を打ちました。とうとう檻へブチこまれやがった、狂犬同様のやつだから是非もないが、三畳ではかわいそうだと、神尾主膳が小吉の身の上を笑止がって読みつづける。
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「ソレカラ色々工夫ヲシテ、一月モタタヌウチ、檻ノ柱ヲ二本抜ケルヨウニシテ置イタガ、ヨクヨク考エタトコロガ、皆ンナオレガ悪イカラ起ッタコトダト気ガツイタカラ、檻ノ中デ手習ヲハジメテ、ソレカライロイロ軍書本モ毎日見タ、友達ガ尋ネテ来ルカラ、檻ノソバヘ呼ンデ、世間ノコトヲ聞イテ頼《たの》シンデ居タラ、二十一ノ秋カラ二十四ノ冬マデ檻ノ中ヘ入ッテイタガ、苦シカッタ」
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野郎とうとう監獄だ。三畳の檻も広くはないが、二十一から二十四までも短くない、苦しかったはずだ。おれもかなりしたい三昧《ざんまい
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