かしたそうだが、どうだ、七兵衛老爺、今晩は心得たものだから、出るならひとつここへ出てみないか。ここなら四方《あたり》に憚《はばか》る者はない、思う存分貴様のヒュードロドロを見物してやる、出るなら出てみろ。
 というようなそぞろ心に駆られていると、不思議に身の毛がゾッとしてきて、現在誰か一人、背後に廻ったような気分があるが、これは気のせいだ。
 さて、今晩はここに納まり込んで、明日の日程だ――そうそう悠々閑々としてもおられない。三日間を限って、とにかくそれまでには、いったん月ノ浦の無名丸まで立帰らにゃならぬ。限られたる日程だが、実をいうと、おれはまた慾が一つ出て来たのだ。
 それは、恐山へ行って見たいという慾望だ。
 柳田平治を発見してから、なんとなく恐山という名に引かされる。一旦は船へ戻るとしても出直して、北上の竿頭《かんとう》さらに一歩を進めて、陸奥《みちのく》の陸《くが》の果てなる恐山――鬼が出るか、蛇《じゃ》が出るか、そこまで行って見参したいものだな。

         三十一

 変れば変るもので、道庵先生がハイキングをはじめました。
 およそ、ハイキングだの、パッパ、マンマ
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