スノロとたあいもない馬鹿娘の一対だが、鹿又《ししまた》の渡頭で見たのはいささか類を異にしていた。
ことに、あの羽二重紋服のままに縛られて引き立てられたあいつは、美しい男だったな。無論ウスノロとは比較にならない。どうやら昔物語にある平井権八といったような男っぷりだ。当然、あれが南部の家老の娘なるものを誘拐して立退いた奴だとは想像されるが、さて相手の家老の娘というのはどこへどう納まった。その先途を見届けてやりたいような気持もする。
どうも四辺《あたり》が静かなものだ。しかし同じ静かさにしても、この時、このところは、少々静かさの調子が違っている。
奥州へ来て、ところがらだけに、安達《あだち》の一つ家といったような気分だな。もう鬼婆あも出まいが、こうしていると、まだ何か一幕ありそうな気がしてならぬ。
こういうあたり[#「あたり」に傍点]運のいい晩には、事のついでに、あの七兵衛というへんな老爺《おやじ》が、またひょっこりとそこいらの戸の透間からやって来ないとも限らん。玉蕉女史の離れの一間、忍びの間は芝居だったな。さすがのおれも、ちょっと身の毛がよだったよ。あの伝で瑞巌寺泊りの駒井氏をも驚
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