》もしつらえてあれば、ロウソクもつけられてある。時にとっての好旅籠《こうはたご》――と納まったのでしょう。
 傍らを見ると、黒い焼餅が紙に載せて二つ三つ存在している。マドロスが生命がけで船頭小屋から掠奪して来たもの。そうしてせっかくの愛人に捧げたのをすげ[#「すげ」に傍点]なくされた名残《なご》りのもの。その中の一つは柳田平治の長剣によって切って四段とされたが、まだ二三枚はここに完全に残されたもの――腹がすいてきた、これもまた、時にとっての薬石《やくせき》。田山白雲は、これをとって、むしゃむしゃと食いました。
 こうなってみると、ウスノロめが生命がけで苦心経営した食と住とのすべては、手入らずに白雲のものとなったのです。楚人《そじん》これを作って漢人|啖《くら》う――と白雲がわけもなく納まって……
 やれやれ、世話を焼かせやがったな、しかしまあ今日の一日はなにぶん多事なる一日であったが、必ずしも収納皆無とは言えない。短躯長剣の柳田なにがしという青年を一人拾い、ウスノロと馬鹿娘の駈落者を一対完全に取押えた。
 駈落者といえば、今日はまた駈落の流行《はや》る日でもあったわい。こっちの奴は、ウ
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