に紹介して後、
「柳田君、後学のためだ、一つこの男に型を見せてやってくれまいか」
「よろしうござる」
 柳田平治は一方の板の間へしさったかと思うと、そこで電光石火の如く、居合を三本抜いて見せて、四本目に、あたりをちょっと見廻したが、そこに落ち散った黒い焼餅の一つを取ると、縛られたマドロスの頭の上に置き、二三歩踏みしさって、颯《さっ》と一刀を抜いたと見ると、
「ワアッ!」
 マドロスは目がくらんで絶叫したが、マドロスの膝の前に二つになって落ちたのは、マドロスの自身の首ではなくて、今の焼餅でありました。
 そうすると、いつしか刀を鞘《さや》に納めていた柳田は、二つになって落ちた焼餅をまた拾い上げてマドロスの頭へ積み重ねたから、マドロスはとてもいい面《かお》をしませんでした。
 次の一本が電光石火、マドロスの頭で焼餅が今度は四つになって落ちたけれども、マドロスの赤い髪の毛は一筋だも傷つかないのです。

         三十

 十二分にマドロスの度胆を抜いてから、この厄介な駈落者を、柳田平治に託して送り出して置いて、田山白雲はひとり、この石小屋を占領しました。
 つまり、ここに炬燵《こたつ
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