してある、別に間道はあるにはあるが、夜分の追手にわかりっこはない、と安心しきって思うさま発展しているところへ、不意に背後から戸を叩くもの、それは気配によって見ても、まさしく人間に相違ないから、面の色を変えて手風琴を抛《ほう》り出したマドロスが、
「誰デス」

         二十八

 その時、戸を押破って猛然と飛び込んで来たのは、田山白雲でありました。
「ウワア、タヤマ先生」
 マドロスが狼狽して、逃げ出そうとするのを、白雲は忽《たちま》ち取って押えてしまいました。
「ウスノロ!」
 田山白雲が取って押えると、柳田が横の方から手伝いをして、忽ちマドロスを縛り上げてしまいました。
 本来、このマドロスは大兵《だいひょう》でもあり、力も優れていて、拳闘の手も相当に心得ている奴なのでしたけれども、白雲に対してはどうも苦手なのです。安房《あわ》の国の洲崎《すのさき》で、駒井の番所へ闖入《ちんにゅう》し、金椎《キンツイ》の料理を食い散らしてから、衣食が足《た》って礼節を戸棚の隅から発見すると、性の本能が横溢し、その狼藉《ろうぜき》の鼻を田山白雲に取っつかまって腰投げを食《くら》い、完全に抑え
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