ね、日本のものだと、こっちがわかり過ぎてるから、マドちんが一生懸命やればやるほど滑稽になってしまう、だからいっそ、もとへ繰返して本場ものをやって頂戴。本場ものというのは、マドロスさんの本場もののことよ、わたしにはわからないでもいいから。わからない方がかえってアラが知れないで、珍しいところばかり耳に残るからその方がいいわ、威勢のいい異国物を聞かせて頂戴な」
「デハ、マタ西洋ヘ戻ッテ、イッショ懸命ヤルデス」
「いちいち説明はいらないから、立てつづけにやって頂戴、でも、くぎりだけはちょっと何か合図をしてね」
「デハ、ヤタラ無性《むしょう》ニヤルデス、マルセル、ボルカ、ゴルデン、ワルツ、マルチ――何デモ無性ニヤルデス」
 日本物は全くプログラムから敬遠されてしまって、これから改めて異国ものの蒸返しに、マドロスが腕によりをかけ出した途端に、裏の戸締りをトントンと叩くものがありました。
「おや」
 兵部の娘がまず驚くと、面《かお》の色を変えたのはマドロスです。ここまでは人の来るべきはずのところでないことを見定めて置いてかかっているのに――前に沼をめぐらした要害だから舟でなければ渡れない、その舟は隠
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