ます。
 不安の目的物たる存在が、現在、眼の前にいるのですから、問題としては、複雑した事情というものは更に無いのです。万一、これが夜分であるとか、あれがまた川を縦に走り出した日には、川上へ行っても、川下へ下っても際限が無いのですけれども、川を横切って、そうしてこちらを向いて、白昼たった一人でやって来るのですから、その取扱いは極めて簡単明瞭といわなければなりません。言葉を換えて言ってみると、向うから追い落した獲物《えもの》を、こちらに網を張って待っていると、獲物それ自身が、その網にかかりに来るような方向を取って進んで来るのですから、進退の節《ふし》は極めて明らかなもので、かえって両岸の狼狽ぶりがおかしいほどのものです。
 かくして右の裸の人物は、無事にこちらの岸に到着してしまいました。法螺の貝の下《もと》に集まった連中は、直ちに川原へ駆けつけて、怖々《こわごわ》とそれを遠巻きにして取詰めて行くあんばいで、頓《とみ》には取押えようとはしません。
「寒いことざえ、凍《こご》えてうっ死《ち》んじあうべ――この寒い水ん中をなあ」
 時は初秋とはいえ、北地は寒い。ああして一途《いちず》に水へは飛び
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