三
この際、法螺の貝の音には田山白雲も、多少おどかされざるを得ませんでした。
相当|喧噪《けんそう》な人間の雑音は、こういう際だからやむを得ないにしても、この中へ、非常時用の器楽が一つ加わろうとまでは思い及ばなかったことでした。
向う岸で法螺《ほら》の貝を吹き出すと、やがてこちらでも、いつのまにか、田山白雲のつい足許《あしもと》から同じ貝の音がすさまじく響き出しました。
法螺の貝の音が聞え出すと共に、あちらの畑や、こちらの木蔭や、川にもやっていた舟の底なんぞから、一人、二人、三人、四人、続々と人間が首を出して来て、いずれもかなり不穏な面《かお》つきをしながら、おのおの両岸の法螺の鳴っている根拠を目指して集まり寄るのは、非常召集の合図を聞いた屯田兵《とんでんへい》のようです。
「これは存外、事が重大になりそうだわい」
田山白雲は、自分の身の上に何か相当の危難が降りかかりでもするかのように、川の中の強情者の行動を改めて篤《とく》と見据えて見たが、事態がしかく物々しくなりつつあるに拘らず、事実はかえって簡単明瞭なものに過ぎないということを直覚して、かえって安心した気持になり
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