のであります。
 ただ予期しなかったことは、ここへ、同行ともつかず、従者ともつかず、お弟子ともつかない、長剣|短躯《たんく》の青年を一枚加え得たというだけのもので、いつしかこの漢子《かんし》は、「先生」と白雲を呼びかけるほどに熟してしまっている。
 白雲が右のバッテイラ型と称した小舟の傍で言いました、
「ねえ、もう袋の鼠だよ、こっちのものだよ、そう思って聞いて見給え、あの問題の楽器はイカモノだな、笛でなし、鼓でなし、尺八でなし、琴でもなし、三味線でもなし、何か毛唐のイカモノの響きだ。本来、あのマドロスという奴が、ウスノロに出来てるんだ、眼色毛色の変った奴に、ドコまで道行ができるものか。先生、一時の安きをたのんで、ああして太平楽にイカモノを鳴らかして楽しんでいる知恵なしを見給え、自分たちはいい気分で人知れず楽しんでいるつもりだろうが、木の音、草の音を忍ぶ駈落者が、楽器いじりとは呆《あき》れたものではないか、ウスノロはどこまでもウスノロだよ」
「鳥も鳴かずば撃たれまい――というわけですね」
「そうだ、そうだ」
 白雲は、柳田平治が存外、洒落《しゃれ》た言葉を知っているのに、我が意を得たりと
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