なるほど、風に流れてかすかに物の音が響いて来るよ」
 自分は眼に於て早く、柳田は耳に於て一歩を先んじていたらしい認識が、ここで両々相保証するの立場となりました。
「では、とりあえず、あれを目的《めあて》として少し急いでみようではないか」
と白雲がまず唱えて、柳田がそれに従いました。そこで少し二人は歩行《あゆみ》を早めて、火と音との遥かなる一角に向って歩み出しましたが、何をいうにも、白雲は大男であり、柳田は小男ですから、コンパスの相違が少々ある。
 白雲は柳田に調子を合わせてやるために、多少ともその歩調をおろさざるを得ませんでした。
 かくて行くうちに、ふと前に白い鏡のようなものの大きな展開を見ました。
「やあ、池ですか」
「沼だ――入江かも知れない」
 このまま進めば、必ずその沼に突入する。

         二十四

 白雲がまず眼を以て認め得たところのものも誤りなく、柳田が耳を以て捉《とら》え得たところのものにも間違いがなかったことは、二人が進み行くほどに、ようやく明確に証拠立てられました。
 突当りに沼があって、その向うに小高い岸があって、その一方に森があって、その森蔭から右の
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