話そのものもまた、月の光と同じく偶然の景物であって、二人は会談を為《な》さんがためにここにうらぶれて来たのではなく、何物をか求めんがためにうらぶれ来《きた》って、そうして偶然のゆかりで会談の緒《いとぐち》が切出されたまでのことですから、それが都合上、中断されようとも、継続されようとも、更に差支えはないのです。
 そうしているうちに、田山白雲がまず口を切りました、
「君、あそこの森蔭に、一点の火が見えるではないか」
「ええ、何か、鳴り物の音が聞えますな」
 二人の声は、ほとんど※[#「口+卒」、第3水準1−15−7]啄《そったく》同時のような調子でありました。
 白雲が、その一点の火というのを認めたのが早かったか、柳田が、風に伝うて来る有るかなきかの鳴り物の音というのを耳にとめたのが早かったか、それはわからないでしょう。一方の眼と、一方の耳との正確さをもって一応たしかめるために、二人は暫く息を凝《こら》しました。
「たしかです、先生、たしかに火影《ほかげ》が見えます」
 白雲が最初に認めた火の光がいったん明滅したらしいのを、柳田が再び確認し得たらしく保証すると共に、白雲が、
「なるほど、
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