一点の火光が射して来るのです。
それにつれて、同じところから異様なる鳴り物の音が、ようやく鮮かに流れて来るのを、柳田がまた小耳を傾けて、
「何ですか、笛でありますか」
「いや、笛ではない」
「鼓ですか」
「いや、鼓でもない」
「三味ですか」
「そうでもないようだ、胡弓のような響きがする」
「暢気《のんき》な奴ですね、こんな原っぱの一つ家に、鳴り物を鳴らして楽しむなんて」
「おかしいぞ」
流れて来る音は聞き留めたが、楽器そのものが何であるかは、はっきりと受取れないので、
「狐狸の仕業かな」
と柳田平治が、長剣をちょっと撫でてみました。
「まあ――もう少し行ってみよう」
「御用心なさい、そこはもう沼つづきですから、先生」
「なるほど、水がここまで浸入して来ている、ここを一廻りせんと、あの森へ出られない」
「橋はありませんか」
「ないね」
「廻りましょう、僕が先に立って瀬ぶみをいたします」
「気をつけて行き給えよ」
二人は沼を隔てて、森と、火影《ほかげ》と、音楽とを、眼の前にあざやかに受取りながら、地の利を失ったために、その水の入江と、沼の半分を廻らなければならなくなりました。
蘆《
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