釣合っている。柳田平治のはただ一本、長過ぎることは昼間と変らないのです。こうして二人が相前後して北上川の沿岸の月の平野の夜を、我語り、彼答えつつそぞろ歩いて行くのですが、柳田平治は今の返答に附け加えて、
「南部の恐山といえば、なかなか有名ですから、人はすてきに高い山だと思いますが、山はさほど高くはないのです。山は高くないけれども、形相《ぎょうそう》の変った山でしてね、恐山には地獄が九十九個所あって、極楽がたった一個所だと言われます、なんにしても恐山は登る山でなくして寧《むし》ろ下る山なのです」
と言いました。

         二十一

「山へ下る――」
と言って、田山白雲の黒い影が、ちょっと淀《よど》みました。
 どんな山でも山という以上は、人間としては上るべきものである。山へ下るということは、あるまじきことである。柳田平治も当然それを補わなければならないのですが、特に註釈をしませんでした。それを田山白雲もおしてたずねようともせず、閑々として歩みつづけます。
 かくて大小二つの黒法師は、いよいよ広原の中の月光の下に、鮮かに黒法師ぶりを発揮しながら無言の進行をつづけましたが、この二人
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