ものがあるにはある。いったい、この男は、自分が世間から諒解されないことに慣れているが、誤解されることにも慣れている。自分は常に曲解されつつ生きているのだというような観念が、習い性となっているのです。弁解しても駄目だ! 人は自分の言うことを、単に正当として聞いてくれないのみではない、頭から自分を不正当なものとしてかかっている、だから捕まれば最後だ! という観念がいつも離れたことはないのです。
それも、この男としては無理もないことで、例えば、ほとんどその発端の時、間《あい》の山《やま》でのムク犬擁護のための乱闘の後でもそうです。相当逃げは逃げたが、とうとう捕まって、そうしてついに窃盗の罪を被《かぶ》せられてしまっている。単に暴力行為――暴力とは言えない、あくまで正当防衛の正力だとは自分で信じているけれども、仮りにも人を傷つけたという理由の下に、相当のお咎《とが》めを蒙《こうむ》る分には、これまた止むを得ないかも知れないと思っているが、人の物を盗るなんぞということは、以ての外だ、そのぬれぎぬを着せられたために処刑を受くるのでは、死んでも死にきれない。そこで、極力陳弁を試みたけれども、ついに
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