でさえも、これより以上に刃に衂《ちぬ》らせたくはないのだ。
 さりとて、夜の町を行くのに、ことさらに人の目に立つようにして歩く馬鹿はない。その点において、米友も、弥勒寺長屋以来、相当に心得たもので、その俊敏な小躯《しょうく》を、或いは軒の下、天水桶の蔭、辻の向う前、ひらりひらりと泳いで渡る机竜之助の如く、戸の透間から幻となって立ち出づる妖術(?)こそ知らないが、米友としても、天性の達人である、心得て歩きさえすれば、滅多なものに尻尾をつかまれるような歩き方はしない。それにしても近日の動静に徴して、町に於ても相当に警戒の試みられてあるべき晩なのに、存外穏か過ぎるのは、本来、商業地としての当地は、警戒ということが深ければ深いほど、空騒ぎをしない。内に於ては、戸を深く鎖し、役人、町内の自警団にしてからが、徒《いたず》らに手ぐすね引いて、目に見えない殺気そのものよりは、目に見える警戒ぶりに於て、かえって人気を聳動《しょうどう》せしめるような、心なき陣立てはしない。そこはさすがにその昔、太閤秀吉が鎮《しず》めて置いた土地柄とでもいうものか。ただ、時々の夜廻りは、水も洩らさぬように粛々と練って行く。
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