になると、蒙蒼《もうそう》として太古の気が襲うのは当然です。
 いいあんばいに、いつのまにか実に明るい月がかがやいていました。夜は風景を遡上《そじょう》して見せるけれども、月は時と人とをして、時間の上に超然たらしめる。
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今の人は古時の月を見ざりしかど
今の月は曾《かつ》て古《いにし》への人を照らしたりき
古人今人、流るる水の如く
共に明月を見て皆かくの如けん
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と微吟して、大きな柳の木蔭から、この北上川の沿岸の蒙蒼たる広原の夜気の中へ、のそりと歩き出した黒い人影がある。と、その後ろに引添うようにして、もう一つの黒い小さい人影が現われました。
 一体にこの辺は、柳の大樹が多いのです。その謂《いわ》れを聞いてみると、源義経が奥地深く下る時に、笈《おい》に差して来た柳をとって植えたとか、植えなかったとかいうことで、今は大小高低、何千株の柳の老大樹が、断々離々として堤から原野へかけて生い連なっている。右の二つの人影は、その謂《いわ》れある柳の老大樹の林の中から身を現わして、堤を越え、原を横切り、小径《こみち》を越えて、柳の中に入り、また柳の中を出
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