まっているのかと思っていると、豈図《あにはか》らんやその大将が、歳どんであろうとは……
そもそも歳どんなるものは、江戸近在の田舎《いなか》から出て来た小僧だとは聞いていたが、その身許なんぞは、今日が今日まで少しも聞いてはいなかった。
わたしが知ってからの歳どんは、上野松坂屋へ丁稚奉公をした生意気でおしゃらくな歳どんからはじまる。よくあることで、女中と出来合って悶着《もんちゃく》が起ったのを、男の方は何とかいう、あっちの堅気の名主様かなにかが出て、あやまったし、女の方はわたしが頼まれて口を利いてあげただけの縁なんだが、その歳どんが、新撰組の頭《かしら》になっていようとは、全く夢に夢を見るようだ。兄貴がエライのかも知れないが、当人だって、馬鹿ではあの役はつとまるまい。馬鹿どころか、あの子はあの時分から、目から鼻へ抜けるような子だったねえ。働きもあるだろうが、行末が思われる――と、よけいな心配をしてやったが、あの色男が新撰組の頭になろうとは、わたしも思いがけなかったねえ。なにしろ、いい面になったものさ。おかげで、わたしもなんだか急に肩身が広いような気になってしまった。京都へ行ったら、ぜひ
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