、この際土佐の御機嫌を損じては、いかに幕府の不利であることよとの懸念から、苦心惨澹を極めたことがあるが、天下素浪人の新撰組に於ては、左様な頓着や遠慮は更にない。大藩であれ、親藩であれ、斬ろうとするものを斬ることに於て、なんらの忌憚《きたん》を持っていなかったのです。
大阪奉行の中に、内山彦次郎という与力《よりき》があった。大塩平八郎以来の与力ということで、頭脳《あたま》もよく、腕もよく、胆もあり、骨もあって、稀れに見る良吏であったということである。従って新撰組の横暴に対して、快かろうはずがない。たまたま八軒屋の岸で、新撰組が相撲取と大喧嘩をして、相撲取を斬って捨てたという事件がある。
隊長の近藤勇は、自身、町奉行に出頭して、無礼討ちのことを届け出でたが、待っていたといわぬばかりに内山彦次郎が、近藤勇を呼び留めて、奉行与力の職権で厳重に取調べたものである。近藤勇は、これがグッと癪《しゃく》にさわった。一応の届出に対して、直ちに相当の会釈あるべきものと信じていた小役人が、ほかならぬ新撰組の隊長に向って逆捻《さかね》じとは意外千万、近藤勇は、傲然として、
「拙者は無礼討ちの届出に来たもの
前へ
次へ
全551ページ中482ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング