かせられてみると、事実、如何とも致し難いものがある。
 新撰組の統制は、内に対しては「死」であり、外に向っては「殺」である。
 組の統制を紊《みだ》り、その面目を損うものに向っての裁判は「死」のほかの何物もない。組の当面に立ち、その使命を妨ぐるものに向っての手段は「殺」のほかの何物もない。
 故に、敵に対して惨酷なるが如く、味方に対しても峻烈である。
 女と通じたというだけの理由を以て、切腹させられたものもある。その攘夷論《じょういろん》があまり激烈に過ぐるという廉《かど》を以て、腹を切らせられた同志もある。金銭上の疑いをかけられて直ちに詰腹《つめばら》となったり、いささかも脱隊の形跡があれば直ちに死を与えられる。他藩に内通の嫌疑あれば勿論のこと、巷《ちまた》で私闘を行っても、若《も》し相手を殺さずして帰れば内に「死」が待っている。
 近藤勇の新撰組は、内に対してかくの如く峻厳であって、同時に、外に向ってなんら怖るるところがない。たとえば、会津の藩の如きでも、京都守護職の大任を受けておりながら、藩士の一人が僅かに土佐藩の一士人を傷つけたという事情のために倉皇狼狽《そうこうろうばい》して
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