妙に物哀しい音色を包んでいる。そこで、女がこう言ってたずねました――
「マドロスさん、今の唄、何という唄なの、なんだか琵琶を聞くような、悲しいところがあるわね」
「コレハフラメンコイウ唄デス、次ハタランテラ唄イマショ、ナポリイウトコロデ唄イマス」
とマドロスは前置きをして、また一種異様な音楽をはじめ出しました。
この甘ったるいマドロスが、フラメンコだの、タランテラだの名題を並べては、わけのわからぬものをやり出すのですが、女には、もとより何が何だかわからないし、また得意でやり出している御当人のマドロスにも、その音楽の本質がわかってやるのだかどうだか、それも甚《はなは》だ怪しいものなのです。
怪しいものには相違ないけれども、いいかげんの出鱈目《でたらめ》に奏《かな》でているものとは思われません。
本来、このウスノロのマドロスの生国は何国の者だかわかっていないのです。御当人自身にも、自分の国籍は判断し兼ねるのですが、ともかくラテン系のどこかの場末で生れ、そうして物心つくと共に、労働と漂泊に身を委《ゆだ》ねてしまったものですから、国籍は海の上にあって、戸籍は船の中にあるものと心得ているら
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