けば抱きすくめられてしまい、走れば追い越されてしまう。どうにもこうにも仕様はあるべくもないことを、娘は百も合点《がてん》して、そうしてなお一層、甘ったるく持ちかけるようです。
「ねえ、マドロスさん、お炬燵《こた》が出来たらば、手風琴を弾いて唄を聴かせて頂戴、何でもいいわ、あなたのお得意《はこ》のものをね。淋しいから陽気なものがいいでしょう、思い切って陽気な、賑やかな唄を聴かせて頂戴な。でも、淋しいのでもかまわない」
こう言われて、マドロスが全く相好《そうごう》を崩し切って、六尺の身体が涎《よだれ》で流れ出しました。
十七
相好を崩し、涎で身体をただよわせながら、マドロスが言いました、
「デハオ嬢サン、スペインノ歌ヲ一ツ聞カセテアゲルコトアリマス、スペインハ日本人イスパニヤ言イマス、イスパニヤハ果物タイヘンオイシイデス、唄モナカナカ面白イデス、オ婆サンモ、若イ娘サンモ、ヨク唄ウアリマス」
手風琴を取り直すと、ブーカブーカをはじめて、何かわけのわからぬ唄をうたい出しました。それを聞いていると、なんだか長く尾を引いた高調子の唄ではあるが、賑やかな音楽と言ったのに、
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