助なる親分そのものが、自身で出向いて来たのかな。そうだとすれば面白いが、そうでないとしても只の鼠ではない。面を見知り、名を聞きとっておかなかったのが残念だ。それともう一つは鬼だ、鬼の正体だ、土間までたしかに拉《らっ》し来《きた》っていたはずの鬼の正体。多分、それは生捕って来たらしいが、生捕らないまでも、半死半生にして引摺って来たものには相違ない。その正体を見届ける隙がなかったのが、いかにも残念だ。仏兵助という奴には、どっかでまた巡り逢えるかもしれないが、鬼の正体はそうどこでも見られるという代物ではない――それが心残りでたまらない。
 七兵衛は、ただそれだけを残念千万に心得て、あとは悠々たる気持で、走り且つとまって、後ろを見返れば見返るほど、追手の火影と遠ざかるばかりです。
 かくて七兵衛は、鬼の正体に心を残して走りましたけれども、古来、この辺の旅路で鬼の未解決に悩まされたものは、七兵衛一人に止まりませんでした。これより先、南渓子《なんけいし》という人があって、その紀行文のうちに次の如く書きました。
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「出羽の国、小佐川といふ処に至らんとする比《ころ》は未申の刻も過
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