百五十八

 それから第二の動揺が、この一つ家の内外から起りました。鬼をしとめたという一隊が、今度はそれと違った方向へ向けて、まっしぐらに、曲者を追いにかかったのです。追われたのは、申すまでもなく七兵衛。
 しかし、このたびの追われ心には、七兵衛に於て大いなる余裕がありました。
 第一、まずいものながら腹をこしらえてある。焚火と蒲団で相当に温まって、身心共に元気を回復している。身には合羽を引っかけているし、笠も被《かぶ》っている。その他、あり合せの七ツ道具代用の細引だの、鉈《なた》だのというものを、素早く無断借用に及んで来ている。
 それに何よりの足に自信がある。何者がいくら馬力をかけたって、面白半分に敵をからかって逃げ廻ることは自由自在である。かくて七兵衛はまた荒野原の闇を走りました。遥かに続く追手の罵《ののし》る声、松明《たいまつ》の光、さながら絵に見る捕物をそのままの思いで、余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》として走りながらも、ただ一つ残念なことは、あの炉辺に横座に構え込んで、常人には気取られるはずのないおれの動静を感づいた彼奴《かやつ》は何者だろう。果して仙台の仏兵
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