では、相手が悪いと七兵衛が考えました。
 役人はお役目であるのだから、熱心なのと、不熱心なのとある。従って厳しい時は厳しいが、放りっぱなしの時は放りっぱなしだ。だが、腕にかけ、面にかけてやる奴ときては、意地で来るのだから執念深い。
 そもそもこのたびの仕事というものが、頼まれたわけではなし、必要に迫られたというのでもない、為《な》さでものことを為したのだ。よせばよかったのだが、持った病では仕方がない。
 岩切の宿《しゅく》で、ちょっとの隙《すき》を見出して、縄抜けをして逃げた、逃げた、やみくもに逃げて、或る川の渡し場へ来た。
 その渡し場で、何かごたごたが起って、若い侍が一人、とっちめられている。聞いていると、どうやら無断で川破りをやって来たものらしい。
 右の若い侍が、素敵に長い刀を差している。それを抜いて見せろ、見せないの一争い、とうとう居合抜きがはじまった。その時の瞬間だ、若い侍が懐ろへ道中手形を納めるその手先を、認められたのがあっちの不祥だ。あれをちょっとお借り申して置けば、これからの道中の何かのまじないにはなるだろうと、気の毒ながら、その手形をちょろまかして、こうして懐中して
前へ 次へ
全551ページ中424ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング