書いた「孝経」という有難い文章の書き物なんだそうだ。
そいつを、田山白雲先生に見せてやりたいばっかりに、この七兵衛が仙台侯の御宝蔵から盗み出したと思召《おぼしめ》せ。
そうして、松島の月見御殿の下に、盗人《ぬすっと》のひる寝と洒落《しゃれ》こんでいるところを見出されて、追いかけられたのが運のつき――それから、瑞巌寺というあの大寺の屋根うらの「武者隠しの間」というのに、暫く身を忍ばせていたんだが、なあに――関八州から京大阪をかけて覚えのあるこのおれが、みちのくの道の果てで、ドジを踏むようなことがあってたまるかと、内心、少々くすぐったいような思いをしながらほとぼりの冷めるのを待って、駒井殿のお船へ乗込もうと考えているうちに、思いがけない手ごわい相手が出て来た。
奥州仙台でも名代の仏兵助という盗人の親分がいて、こいつがおれを取捕まえるために出動して来たのだ。
百五十五
単に盗人兇状で、御用役向の目をかすめる手段、或いは足段ならば相当に覚えもあるが、じゃ[#「じゃ」に傍点]の道は蛇《へび》の相当な奴が意地になって、腕にかけ、面にかけて、捕り方に向って来ようというの
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