負はこれから、まず腹をこしらえてからのこと、それには鼻の先へお誂向《あつらえむ》きのこの鍋――これをひとつ御馳走にあずかっての上で……
 炉辺にあり合わす五郎八茶碗をとって、七兵衛がその鍋の中から、ものをよそりにかかりました。
「何だい、これは、食物には違えねえが、異体《えたい》が知れねえ」
 その鍋の中のものが、名状すべからざる煮物なので、七兵衛も躊躇《ちゅうちょ》しました。だが、結句、蕨《わらび》の根だの、芋の屑だのを切り込んだ一種の雑炊《ぞうすい》であることをたしかめてみて、一箸入れてみたが、
「まずい――よくまあ、こうまずいものが食えたもんだ」
 七兵衛自身もまずい物は食いつけているが、この雑炊のまずさ加減には、舌を振《ふる》ったらしい。
「そうだ、奥州は饑饉《ききん》の名所だってえ話を聞いている、こりゃ、饑饉時の食物だ、餓鬼のつもりで有難く御馳走になっちまえ」
 東北大いに餓えたり!
 そりゃ、饑饉ということは、関東にも、上方にもある! あるにはあるけれども、東北の饑饉に比べると、こっちの饑饉はお大名だと、子供の時に聞いたことがある。
 ある人が、三町ばかり歩いているうちに三
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