なっし」
「そうだ、そうだ」
「おいおい、みんな起きてくんな、鬼さ出たぞよ、鬼が出て、菊どんの馬さ食うたぞ」
 中にいた若衆が、こう言って奥の方をのぞき込むと、どやどやと四五人の同じような若いのが飛び出して来ました。
 炉辺にあった七兵衛は、最初から熱心にその言語挙動を見ていて、いよいよ化かされ方が深刻になって行くように考えられてたまらない。
 そうこうしているうちに、この内外の若い者は、すべて一団になっておのおの身ごしらえをし、得物得物を持ち、松明《たいまつ》を照らして、外の闇へ飛び出してしまいました。
 鬼はこの一つ家の中になくて、外にある。そうして今し、馬の背を借りて来かかった旅人を襲い、いきなり馬を喰ってしまったらしい。馬子は一たまりもなく逃げたが、馬上の客は、いま勇敢に鬼と戦っているらしい。いったん逃げ出した馬子は、一目散にここまで飛んで来て、新手を募集して、客人の救援に出かけたという段取りになるが、この段取りを考え合わせてみると、そもそもこうまで念入りに八百長を仕組んで、おれ一人を化かそうというはずもないのだから、鬼は事実、外にあって、ここには善良な村民が、腕っぷしの利《き
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