で、
「若衆さん、今この一つ家の前で見て来たが、あの人間の喰い散らかし――あの土饅頭《どまんじゅう》が、あれが黒塚というやつではねえのかね」
「ど、どういたしましてなっし」
 さすがに、若い男のやや周章《あわ》てて何か弁明に出でようとした時に、戸外がけたたましくバタバタと烈しい人の足音で、
「カ、カ、カン作どん、オ、オ、オニが出たゾウ」
 必死に戸へすがりついた人の声。

         百五十二

 七兵衛も煙にまかれてしまいました。
 いったい、安達の鬼は外にいるか、内にいるのか、鬼の化け物であるべきはずの一つ家のあるじが、人のいい若者で、かえって旅人をとらえて鬼物語を誘発する。それにいいかげん悩まされていると、今度は鬼が出たといって助けを求むる声が外から起る。これでは、鬼同士が全く八百長芝居をしているようなものだ。
 だが、芝居とすれば、越後伝吉でも、塩原太助でも、立派につとまりそうなこの家の中の若衆《わかいしゅ》は、その声を聞くと、早速立ち上って、戸をあけてやりました。そうすると、その朋輩らしい同じ年頃の若い男が、面《かお》の色を変えて転がりこんで来て、
「とうとう、鬼に出ら
前へ 次へ
全551ページ中415ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング