え》でもない、薯《いも》でもない。七兵衛は、その鍋の中を判断し兼ねていたが、そうかといって、人間の肝を煮ているわけでもないようです。
 そうすると、件《くだん》の男が薪を折りくべながら、
「でもまあ、よく鬼に喰われませんでのし」
 またしても……あまりのしつっこさに、七兵衛グッと癪《しゃく》にさわり、
「鬼には喰われなかったが、若衆《わかいしゅ》さん、安達ヶ原の広いにゃ驚きやしたよ」
「へえ――」
 相当、壺を言ったつもりなのが、先方はかえってキョトンとして、ねっから響かないのであります。
「安達ヶ原は広いねえ、若衆さん、この家の前にあるのが、あれが、名高い黒塚というのでござんすかい」
「へえ――安達ヶ原のこたあ、わし、よく知りましねえが、昔話に聞きやしたがなっし、それは上方《かみがた》の方の話でござんしょうがなっし」
「何だって……」
 あんまり若衆の鈍重ぶりが念入りだものだから、七兵衛の方で、いよいよおどかされ通しです。安達ヶ原と、図星を指したつもりで言ってみても、この鬼の化け物は一向こたえず、それは上方の方の話でござんしょうがなっし、とつん抜けてしまう。そこで、七兵衛が相当突込ん
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