きまからまでハミ出してさえいる。
「鬼に喰われた人間の食い残されだ!」
 遮二無二そう思わせられると、ここでも七兵衛ほどの曲者が、思わず身の毛をよだてざるを得ません。

         百五十

 これが、音にきく安達の黒塚で、この棺箱の中がすなわち鬼に喰いちらかされた人骨だ――事実、今時、そんなことが有り得るはずはないが、想像としては、どうしてもそれより以外へ出ることはできない。
 当然、自分は、その安達の黒塚の鬼の棲処《すみか》へ送りつけられて来たものだ。もう退引《のっぴき》がならない。
 だが、鬼は鬼としても、こうして食い散らかした人間の骨を、御粗末ながら棺箱の中へ納めて置くというところに幾分の殊勝さがある。まして、こうして幾つもの土饅頭、いずれ鬼共が思うさま貪《むさぼ》り食った残骨の名残《なご》りでもあろうが、それにしても、形ばかりでも埋めて、土を盛り上げた上に、卒塔婆の一本も立てようというのが、鬼としては、いささか仏心あるやり方だ。今時の鬼は、なかなか開けて来ている。七兵衛は、こんなような冷笑気分も交って、やがて思いきって、一つ家の前へ進んで、その戸を叩いてみると、中からか
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