振い起して、その一つ家に向って近づいてみると、ほどなく――右の一つ家のつい眼の前のところへ来て、小流れにでくわしました。
 人間のすむところの家には火がなければならぬと同一の理由をもって、水がなければならない。鬼といえども、口があって、腹がある動物である以上は、水のないところに棲息《せいそく》はできないはずだ。こうなければならないと、七兵衛はその小流れを肯定しつつ軽く飛び越えて見ると、この小流れから一つ家《や》に到るまでの間が、まだ相当の空地になっている。その空地に塚を置いたように、相当の間隔を置いて、幾つもの土饅頭《どまんじゅう》がある。その土饅頭に、一本二本ずつの卒塔婆《そとば》がおっ立っている。
 それはまあいいとして、その土饅頭を数えて行くと、いま掘りっ放しの穴がある。穴の傍らに、極めて粗造《あらづく》りな棺箱が荒縄でからげられて、無雑作《むぞうさ》に押しころがされてある。
 その荒涼さには、七兵衛ほどのくせものも、ぎょっとせざるを得なかった。その粗造りな棺箱の板の隙間《すきま》を、七兵衛が鋭い眼を以て透し眺めると、中にはまさしく人骨と、人肉が、バラバラになって詰め込まれて、す
前へ 次へ
全551ページ中409ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング