ことを知っている。ああ、今夜もまた夜通し歩かねばならないのか。
歩くのはなんでもないが、腹がすいている。それも時によっては、二日や三日食わないで歩けといわれれば歩けないこともないが、そうして至れり尽すところが外ヶ浜ではやりきれない。つまり、行手に希望がありさえすれば、疲労も、飢餓も、頑張《がんば》るだけ頑張って行く張合いというものがあるが、さて、頑張り通した揚句が外ヶ浜ではたいがいうんざり[#「うんざり」に傍点]する。
さすがの七兵衛も、これにはうんざりしながら、そうかといって、足をとどめようとするなんらの引っかかりもなく、行くにつれて宵《よい》は深くなる。星は相当あるべき晩なのですが、降るというほどではないが、天が曇っている。
真闇《まっくら》な晩です。
しかしまた、真闇ということは、決して常人ほどに七兵衛を難渋させる事情とはならない。彼は弁信のような神秘的な勘は持っていないが、多年の商売柄と、それから幾分の天才とで、暗中よく相当に物を見るの明を保有している。そこで暗いということは苦にせずして、怪足力に馬力を加えて行っているうちに、幸か不幸か、遥かに彼方《かなた》にたしかに一
前へ
次へ
全551ページ中406ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング