》、イエスキリストを信ずること深き支那少年|金椎《キンツイ》であったことを、柳田平治はまだ知りませんでした。
百四十七
その時分、青梅《おうめ》の裏宿の七兵衛は、例の怪足力で出羽奥州の広っ原のまんなかを、真一文字に歩いていたのです。
旅に慣れきった七兵衛も、これは広い荒野原だと、呆《あき》れずにはいられません。
同時に、これもやむを得ない、自分は今、名にし負う奥州の安達ヶ原の真中を歩かせられているのだ。
安達ヶ原だから、広いのもやむを得ない。しかし、こうして覚えのある足に馬力をかけてさえいれば、たとえ安達ヶ原であろうと、唐天竺《からてんじく》であろうと、怯《おく》れを見せるがものはない。ただ、今まで自分の経験に於てはじめて見る荒涼たる広っ原だと、多少の呆れをなしたもので、退倒を来たしたわけではないのです。
安達ヶ原だから広い。その広い安達ヶ原を歩かせられていると観念してみれば、いまさら広いことに呆れるというのも知恵のない話だとあきらめて、せっせと足に任せて歩いているが、太陽がようやく自分の背の方に廻ったことに気がつくと、さあ、今晩の宿だ。東海東山の旅路で
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