三日間の後に帰ると言った田山先生を、この船で待受けると言った約束は残っている。
 さすがにこれだけの理由と事情とが、一時の癇癪《かんしゃく》を抑えるだけの力を持っておりました。
 それに、もう一つ――いろいろ自分を船で引廻してくれる、あのお松さんという娘――あの人はいい人だ、あの娘さんだけには断然、好感が持てる。
 こんなことを考えているところへ、扉をコツコツと叩いて、一人の小坊主が、お盆を目八分に捧げて突然入って来たものですから、柳田平治も多少驚きました。
 平治が多少驚いたのに頓着せず、右の小坊主は、ちょっと頭を下げて、それからお盆を恭《うやうや》しく平治の前の畳の上に置き、そうしてまた恭しく平治に一礼して、無言で入って来て、無言で出て行ってしまいました。
 平治として、百物語の一ツ目小僧にお茶を運ばれたような思いがしないではありません。
 変な小坊主だ、坊主頭に、ちょっぴりと毛を置いて、着ている服は紅髯《あかひげ》のとは様子が違うし、目玉、髪の毛も青くはないが、やっぱり我朝のものではない。変な奴ばかり集まっている船だ。
 もちろんこれは、舟の乗組の一人、聾《つんぼ》にして唖《おし
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