持がする。それにこの中の水夫共までが、みんなダンブクロを穿いているのも癪《しゃく》だ。船そのものの洋式はまあやむを得ないとしても、船長をはじめ、衣裳風采まで日本人のくせに、毛唐化せねばならぬ理窟があるか。
こんな船の中に、どうして、あの豪傑肌の田山白雲先生が一緒におられるのか、それがそもそも一つの不思議でならない。
田山白雲のための船の一室におさめられた柳田平治は、そこで、彼は長い刀を枕にして、ゴロリと横になって、船室の天井に向けて太い息をふっと吹きかけ、
「いやだ、こんなところに長居をしたくない、そう思うと一刻もいやだ――本来、おれは江戸へ出て武者修行をするつもりで来たのだ、こんな毛唐まがいの船の中へ捕虜にされるつもりで来たのではない」
こう言って、奮然として起き、枕とした例の長い刀を取り上げてみたが、さすがにまた思い直さざるを得ざるところのものがある。
「第一、手形がない」
道中唯一の旅行券を渡頭《わたしば》で、いい気になって居合を抜いた瞬間に、何者にか抜き取られてしまっている。ちぇッ。
「第二、田山先生に済まない」
駈落者護衛の使命だけは無事に果したが、まだ、少なくとも
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