面に面会させられてみると、むっとしてむせ返るような気持に迫られました。
 お松の紹介の言葉も、ほとんど耳に入らないでいると、先方の言葉は存外穏かな、気品のある言葉で、
「そうですか、それは御苦労でしたな」
という船長そのものの言葉が耳に入った途端に、お松が、
「駒井の殿様――いえ、船長様でいらっしゃいます」
と紹介したのですが、柳田平治は極めてブッキラボウに、
「は、そうですか、拙者、柳田平治です」
と答えたきりです。
「君は南部の恐山方面から出て来られたそうだね」
 駒井甚三郎は、田山白雲からの手紙を置いて、柳田平治に問いかけると、
「は、左様であります」
と、ここでもシャチコばった返事だけです。
 単にこれだけの挨拶でしたが、そこに、何かそぐわない空気をお松は早くも認めたのですが、さて、急にどう取りつくろう術《すべ》もないでいる。
 駒井甚三郎は、ただ単に、初対面の書生を引見しただけの気分でしたが、柳田の方は最初からの一種異様な印象が、この時分になって、ようやく不快を萌《きざ》してきました。
 駒井甚三郎がその長い刀の方へ眼をつけると、この船長、これが眼ざわりだな――と変に疑ぐり、
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